薄毛遺伝子

薄毛遺伝子があってもなぜ育毛に成功できたのか

薄毛遺伝子があっても育毛成功

薄毛遺伝子があるとわかった時の茫然自失感

読了までの目安時間:約 9分

 

薄毛遺伝子があるとわかった時のショック。

 

これは体験者でないとわからないこと。

 

そして、体験者であれば、ほぼ皆さん同様の感じを受けたはず。

 

その意味では「共通体験」といえるものです。

 

私のハゲ遺伝子があると覚悟した昭和56年当時、薄毛は「治せない」と思われていたのです。

 

ですから、あたかもガンの告知を受けたと同様。

 

「ああ、もうだめだ!」

 

と絶望感があったのです。

 

高校時代に愛読していた遠藤周作のエッセイでは、自分の薄くなった頭髪について述べられていました。

 

面白おかしく遠藤氏は自分のハゲ対策をエッセイで披露するのです。

 

 

 

 

 

あるときは「素晴らしい育毛剤に出会えたので、今後が楽しみ」などと書いていました。

 

しかし、その後、夢破れ、また別のハゲ対策を試みるのでした。

 

遠藤周作のエッセイから、

 

「ハゲは治せないのだ」

 

という信念が私の中に生まれていました。

 

だから、額がハゲ上がってきたときは絶望感に襲われた。

 

いろんな思いが頭の中で回ります。

 

 

 

 

「どうしよう。会社に行ってハゲていることをからかわれるぞ」

 

 

「昔の友人・知人に会いたくないよ」

 

 

「今後、オンナにはモテないなぁ。せっかく男前に生まれてきたのに・・・・」

 

 

「何か、方法はあるはず。いや、ないか?」

 

 

ハゲているのに、ハゲを治せない人たちを数多く見てきました。

 

高校の先生は鉄腕アトムみたいな髪形だった。

 

「どうして、普通の髪形にしないのだろうか・・・・・」

 

などと無神経な高校生の私は不思議に思っていたのです。

 

また、大学の教授がある日突然カツラをつけて授業に登場した。

 

「え~!!カツラなんかカッコ悪いよね。」

 

などと他人事のように思っていましたよ。

 

今なら、どんな思いで教授がカツラをかぶり、教壇に立ったのか、想像できます。

 

同情します。

 

勇気を認めます。

 

苦悩の末に決断したことを笑ってはいけない。

 

「自分が20代に薄毛になったのは、思いやりのない私の態度を改めさせるために神様が仕組んだのかもしれない」

 

そう思うこともあるのです。

 

他にも、髪の毛が薄くなって2枚目キャラクターを維持できなくなった男性タレント。

 

毎日ニュースを読み上げるアナウンサーの髪の毛が日に日に薄くなっているのを見て「なぜ、治さないのか」などと思ったこともあったのです。

 

わかってなかったのです。

 

薄毛、ハゲの怖さを。

 

昭和56年の秋、育毛剤を買いに行った日のことを忘れることはできません。

 

私の人生の中でも非常に思い出となった一日です。

 

会社からの帰りにスーパーマーケットの2階に置いてあるジェット噴射式の育毛剤を買いに行ったのです。

 

夕方7時くらい。

 

秋なので、もう、暗くなっていました。

 

誰かに育毛剤を買っていることなどを見られては大変。

 

私のプライドが許さない。

 

無事にスーパーマーケットの2階でジェット噴射式育毛剤を買った時に感じた絶望感は一生忘れない。

 

買った後、スーパーの2階から1階に下りる階段を下りながら、

 

「こんな育毛剤なんかで髪が生えるはずがない。1年後、2年後が怖い。いったい俺はどうなるのだ?」

 

絶望感とは、こういうことなのだと思い知りました。

 

私が、ある育毛法に出会い、頭髪をV字回復させる5か月前の出来事です。

 

 

 

 

 

 

【忘れられない屈辱のエピソードについて】

 

 

20代前半。

 

女性にもモテて、これから数多くの美女たちとの楽しい時間を過ごすはずだったのに・・・・。

 

こんなにハゲてきたら、もう、もてないと悩んだ日はいつだったのか?

 

ハゲ発覚時前後の、当時のエピソードを一つ。

 

会社の人たち6~7人でスナックに飲みに行っていて、そこのスナックで働く女の子が、私を見て、

 

「え~!!こんなカッコイイ男の人が来てくれてうれしいわ。映画俳優の〇〇みたい」

 

と言ったのです。

 

 

そのときに私の上司の課長が、顔を真っ赤にして、私をにらめつけながら、

 

「いい気になるなよ!!」

 

と叫び、その場にいた女の子や会社の仲間に向かって、

 

「こいつの頭を見ていろよ、絶対にハゲあがるからな!!」

 

と私を侮辱する言葉を大声でわめいたのです。

 

私が女の子に人気があるのが許せなかったのです。

 

びっくりするとともに、

 

「課長に俺は嫌われてるんだな。これじゃあ、出世は難しいな」

 

と暗い気持ちになったものです。

 

それにしても、ハゲや薄毛を指摘、侮辱、からかわれると人間は腹の中が煮えくり返りますよ。

 

当時の課長はもう会社を定年退職しています。

 

生きていたら75歳~77歳くらいでしょう。

 

どうしているのか、気になることもあります。

 

幸いなことに、今現在、私の髪の毛は同年代の平均値程度にありますから、当時に受けた侮辱のことも「思い出」になりました。

 

ありがたいことです。

 

もし、ハゲが治せなかったら、多くのハゲをからかった人たちを私は許せなかったでしょう。

 

髪の毛が復活したからこそ、からかった人たちを、「許す」ことができるのです。

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